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その音に誘われて2

 2009-04-04
演奏の一番の聴かせ所で、バァン!という異様な音が大音量で練習室に響いた。

(はあっ?!)

ドアの、僅かに開いた隙間から演奏を聴いていた俺は、
驚いて思わず扉を開き、部屋の中の人間に話しかけていた。

「ちょっ、今なんかすげーヤバい音しなかったか?!」

黒い制服の男は、多少信じられないような顔で眉間にシワを寄せ、一つ一つ低い方の鍵盤を鳴らしている様だった。

――俺だって信じられないけど、考えられる原因は一つ。

下がっていく音、白鍵のある一音で音が消えた。
男の眉が更に寄せられる。

「ソか…。あぁ、やっちまったかもな…。」

そう言って男は、鳴らないソの鍵盤を押しながら反射的に返事をし、アップライトピアノの蓋を開けて、中を覗いた。

俺も男の横へ行き、ピアノの椅子に膝を乗せて、男が蓋を片手で持ち上げている横から、ピアノ内部を覗き込む。

「ホントにか…?!…うわっ…、俺ピアノ線切った奴、初めて見た。」

ピアノ内部では、左の低い方の太いピアノ線が、ブッツリいっていた。

ピアノ線といったら、丈夫で切れにくいことで有名な筈だ。

それをブッツリと、しかも低くて太い線を切るなんて。

「あんた、どんなバカ力で弾いてたんだ…?」

思わず率直な意見が出てしまう。

「うるせ、…っ…!?」
隣の星奏学院の生徒は、一瞬ムッとした後、目を見開き、弾かれたようにこちらを向いた。

どうやら、見知らぬ奴が練習室に入って来たことに今、気付いたらしい。

「…ってか、…お前誰だ??なに勝手に入って来てんだよ。…私服だし。」

脅すように険しい顔で俺を睨み付けるが、俺はそんな程度で怯える、脆弱な神経は持ち合わせていない。

「これ、さっさと教師に言った方が良いんじゃないの?」

無惨になっているピアノ線に視線を向けたまま、俺は何食わぬ顔で言った。

「お前に言われなくたって、そうする。…ついでに…」
男はアップライトの蓋を全開にして右手を離すと同時に、素早く左手で俺の服を後ろから掴む。

「怪しい侵入者も教師に突き出さないとな。学院は関係者以外立ち入り禁止だ。」

口の端を吊り上げ、獲物を捕まえたような表情をしている男を、俺は面倒くさ気に睨んだ。

…関係者、なんだけど。

「離してよ、学院に突き出してもお咎め無しで終わるよ?俺は。」
「はあ?どういうことだ。」


その手から逃れるため身を引いて、男に背を向け、ピアノの椅子から降りようとすると、ぐん、と首に圧迫感を感じた。

…首!?…こいつが掴んでるのってフードか?!

俺の上着には、ファー付きのフードが付いている。
首が絞まるために躊躇し、俺は動きを止めざる負えなかった。

…俺は今こいつに、猫の子みたいに、後ろ首をひっつかまれた状態だっていうのか。

そんな状態、俺のプライドが許せない。

「離せって。」
「じゃあ、答えろよ。お前は何者だ。」

俺が声を荒げても、生徒は頑として離そうとしない。

「…わかった、言うから、手離せよ。首が苦しくて喋れない。」
「いや、十分喋ってるだろ。…ったく、逃げるなよ。」

そう男が言った途端、後ろに引っ張られていた力がスッと消えた。

…逃げるわけないだろ。逃げる理由がない。

俺は少しピアノから離れ、無意識に手をポケットに入れながら、普通科の生徒に向き直った。

「俺は、許可取ってるから。校内見学、自由なんだよ。」
「…どういうことだ。」

対する普通科生徒は、腕を組み、変わらず眉間にシワを寄せている。

「この学院の理事長、吉羅暁彦っているだろ?…暁彦さんは…俺の親戚だから。そして更に俺が将来有望だから。」

俺が短く説明すると、対峙している男は非常に驚いた顔を見せた。

「…理事長の…親戚?」

俺は、さっきまで相手に話の主導権を取られているようで、気に入らなかったが、普通科生徒の驚いた表情を見て、自分の方が流れを握れた、と少し優越感を感じていた。

「そう。だから校内を自由に見学できるってわけ。」
「…で、お前は何か楽器をやってる…のか?将来有望だから見学、って何か引っかかるんだが…お前歳いくつだ?高1にしちゃ態度デカくて落ち着いてるから、同じくらい…?」

…そうか。さっきなんで主導権握られたのか不思議だったけど、こいつ…頭の回転もそこそこ良いし、感が鋭いんだ。
長引かせるといろいろ面倒だな。さっさと切り上げるか…

俺は随分と話に食い付いて来る男をチラリと見上げると、(…俺より背高いってのも気に入らない!)口元に挑発的な笑みを浮かべてやる。

「さあね。」

男は眉をピクリと動かし、鋭い眼光でこちらを見る。口元は、弧を描いていた。

「はぁん。…さてはどちらでもないな?…年下…、1年じゃなくて、…丁度いろんな高校を見学しなきゃいけない、進路模索中の…中3ってとこか。」
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