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甘くて苦い、お前への…〜second〜
2008-10-25
橋を渡っている途中で曲が終わる。
一瞬俺は足を止め、またゆっくりと歩き始めた。
…俺は…
月森を独り占めで練習できるのは、俺だけの特権だとでも思ってたんだろうか。
あれだけコンサートのための合わせを大人数でやっておいて。
月森が他のやつと合わせないと決めつけてたのか…?
…そう、思いたかったのか。
あいつの自由を縛ることはしたくないのに、醜く表れる独占欲。
「…月、森…」
下りの階段にさしかかり、階段を降り始めると、不意にあいつの名前が口から零れた。
「…、何だ。…」
背後から急に返事が聞こえた。
「…は!?」
驚いて、幻聴かと思いながら、俺は今降りている階段の一番上あたりを急いで振り返る。
肩で荒い呼吸をしながら、橋の部分から俺を見下ろす月森がいた。
当然のごとくその手にはヴァイオリンケースが握られている。
「お前、練習は…!?」
「俺は…、君が聞いてくれていると思ったから…、そうしたら、君は…、最後のコーダで帰ろうと、しているのが見えて…」
「…、とりあえず落ち着け、月森。大丈夫か?」
息絶え絶えで、しかも焦っているのかいつもの冷静さが無い月森。
俺は落ち着かせようと階段を上って近付いた。
「…走って来たのか…?」
「…、…柚木先輩に失礼して、練習を切り上げて来た…。…君が、……いなくなりそうだったから…」
恥ずかしそうに声が小さくなる月森に、愛しさが増した。
胸が甘くジンと疼く。
…俺が聴いてたの知ってたのか…、しかもこんな急いで追いかけて…。
ここが歩道橋の一番上じゃなければ、嫌がってもその荒い吐息を吐く唇を奪ってやるのに。
ギリギリの感情を押し止めて、片手で引き寄せるように月森の背を撫でる。
ふわりと香る月森のリンスの香り。
緊張したように小さくなる吐息。
「…土、浦…」
耳のすぐ近くで聞こえた弦のように甘く響く、月森の声。
カッと熱が、火が俺の体に灯るのがわかった。
…好きだ。
…お前が好きだ。
堪らなくて、俺は月森を抱き寄せた。
強く、強く。
「月森…」
月森の耳元に、吹き込むようにその名を呼ぶ。
少し上擦った、熱い吐息混じりの声が出た。
ふるりと月森が身じろぐ。体を震わせる。
月森の体が熱くなった気がした。
…欲しい。…
月森をその腕に抱いてしまうと、途端に起こる悪循環。
月森に潤んだ瞳で見上げられて、背筋がぞく、と疼いた。
危なく全てがわからなくなりそうになる。
月森を傷つけないように、そっと腕を離しながら、俺はとりあえず視線を逸らした。
一歩月森から離れる。
…この視線から逃れられなくなる…
俺はそっと深呼吸して、笑顔を作って月森に視線を合わせた。
月森は少し寂しそうな表情を見せていた。
…無意識なんだろうが、止めてくれ。可愛い過ぎるから。
こっちは必死に理性を保とうとしているのに。
「…歩道橋だしな、…おあずけ…だ。」
苦笑しながら言った言葉は、月森に向けて言ったようで、自分にも言い聞かせているようで。
「あ、…ああ。…そうだな…」
甘酸っぱいトーンを引きずったまま、月森は下を向いた。
…まずい。早いとこ、この場所変えた方がいい。
「…俺が保たない…。」
「…は?」
ボソッと言った言葉は月森にまで聞こえてしまったらしい。
不思議そうな月森を置いて、俺はさっさと階段を下りる。
「何でもない。」
慌てて月森もついてくる気配がした。
「…、そうだ月森…、」
不意に思い出したことがあって、俺は月森を振り向く。
「…何だ?」
月森は急に振り向いた俺に驚いたように、動きを止める。
「近いうちに、…練習、しないか。…二人で。」
「は?…ああ、…いいが…、…唐突だな…」
戸惑う月森。
見上げながら俺は、自然と口元が緩んだ。
「お前の隣は…俺がいい。」
End
