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秘密の心(前編)

 2008-01-23


約束の練習室。

俺は君と音を合わせるために、放課後一緒に練習する部屋の前にいた。

ドアのガラスの部分から中を覗けば、土浦がピアノに向かっているのが見えた。

一心不乱にピアノを奏でる姿は、いつもの悪戯な笑みや、近寄ってきた女子を威嚇する顔、俺が初めて見たときから好きだと思った、俺に向かって首を少し傾げて、人懐こく笑う仕草のどれとも違うもの。

ピアノと一対一で対話する土浦は、一人の芸術家の顔をしている。

自分の話をしているのかもしれないし、作曲家の意向を汲み取ろうとしているのかもしれない。

少し曲を聴きたくて、軽くノックをしてドアをわずかに開ける。

やはり土浦はその集中力によって気づかない。

邪魔をする気はないので、俺はドアの外でそっとそのまま耳を傾けた。


別れの曲。

しっとりとして物悲しいかと思えば、優しくて暖かい曲。

彼は何を思って弾くのだろうか。

瞳を閉じて、少し眉根を寄せる土浦の旋律は所々に憂いを帯びていた。

愁情を表す曲が得意な彼ではあるが、曲を聴くうちにいつもの感情露わという演奏ではないことに俺は気づく。

感情を抑えて、優しい音で隠している気がする。
だから余計に悲しい音に聞こえるんだろう。

…何かあったのだろうか…?

そんな音を出す土浦が心配になり、俺は聞くべきかどうか迷う。

これから一緒に練習するのに余計な波風を立たせないほうがいいかもしれないが…。

…だが、君に何かあったのかと心配になる…

自分でも無意識に俺の眉間のしわが深く刻まれる。

引きずるように優しく悲しい音が耳に残り、曲は終わった。

少し深呼吸をして練習室の頑丈な扉を開くと、土浦は下を向いたままだった。

なんて声をかければいいのか悩んでいると、ぱっと土浦はこちらを見て笑う。

「月森か。遅かったな。」

俺は土浦が思いの外明るい声で少し安心した。

…やはり気のせいだったのか…?

「気になる音だったから心配したが…、思い過ごしだっただろうか。」

俺も安心したのと土浦につられたので少し薄く笑い返すと、土浦は驚いたように目を丸くした。

そして一瞬、息を詰まらせて真剣な顔で俺を凝視する。

何だろうと疑問に思っていると、土浦が口を開いた。

「…聴いてたのかよ…。やっぱりお前には解っちまうんだな…。」


溜め息混じりに痛いような顔で土浦は椅子から立ち上がり、ピアノに手をかけたまま苦しそうにおれを見る。

口元だけは笑っているが、どう見ても痛々しい。
土浦が、いつもより元気がないことを仕草や声から感じてしまった俺は、やはり彼に何かあったんだと確信した。


「何かあったのか…?…話したくなければ聞かないが…」

躊躇いながらもそう切り出してみると、土浦は目を伏せ、抑えた低い声で途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

「…今朝、…弟が飼っていた…インコが死んだんだ。…たかが鳥って思うかもしんないが、…よく鳴いて…、喋って…、歌って…。結構可愛い奴で、一緒に生活してるうちに家族みたいに思えてきてさ。…前日に勝手に籠を抜け出して、俺のピアノの上で散歩して…ピアノをならしたりもしてた。…それが今日になって籠の中で冷たくなって…」

「…そうか…。」

土浦の瞳は沈んでいて、とても練習どころではないことを、俺は悟った。
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